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スポットライトリサーチ

準備や実験操作が簡便な芳香環へのカルボラン導入法の開発

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第 696回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科 応用化学専攻 有機金属化学領域 博士課程3年の 久田 悠靖 (ひさた ゆうせい) さんにお願いしました!

久田さんの所属される有機金属化学領域 (生越 専介 先生星本 陽一 先生グループ) では、元素や有機分子の特性を巧みに引き出し、従来の常識にとらわれない分子変換を実現する反応開発を展開しておられます。特に、トリアリールホウ素N-ヘテロ環状カルベン (NHC) などを活用した新しい触媒系の構築において、目覚ましい成果を次々と挙げられています。
今回、久田さんの研究チームは、ホウ素クラスターであるカルボランを、非常にシンプルな手法で有機分子へ導入する画期的な合成法の開発に成功しました。カルボランはホウ素中性子捕捉療法 (BNCT) や機能性材料・医薬品開発などさまざまな応用が期待されるユニークな分子であり、その誘導体の簡便合成法の構築は各分野の発展に大きく貢献するものと考えられます。本研究成果は高く評価され、Journal of the American Chemical Society (JACS) 誌に掲載されるとともに、大阪大学よりプレスリリースも行われました。

An Isolated Lithium ortho-Carboranyl Cuprate Complex for the Synthesis of Multiple-Carborane-Substituted Arenes from (Hetero)Aryl Bromides and Chlorides

Yusei Hisata, Daina Morishita, Yoichi Hoshimoto*
J. Am. Chem. Soc, 2025, 147, 37677–37687, DOI: 10.1021/jacs.5c13004

本論文の責任著者であり、研究を現場で指揮された星本先生より、久田さんについての「人間味」についてコメントをいただいております!
もはやスポットライトリサーチにおける星本先生のお家芸?ですね (星本先生のデータベース・コメント&その他をご参照ください)!

久田君が非常に個性的かつやんちゃ坊主な事実は、既に有機金属化学や典型元素化学界隈ではよく知られていることと思います。かつて、外国人ポスドクに「久田はビーストだ」と言わせた無尽蔵の体力と実験技術は、僕が現役生として実験を楽しんだ平成後期の眠らない実験室でも、即戦力どころか主戦力になれるレベルです。さて、褒めすぎてもいけないので、恒例の欠点暴露タイム

「美女がこわい、贅沢がこわい、採血がこわい」(Y.H.談)
「人の親切に不慣れ」(Y.M.談)
「ラボではケモノ、お店ではチキン」(R.I.談)

噛めば噛むほど味が出る久田君の個性を、是非、お楽しみください。

それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

私たちはハロアレーンをオルトカルボラニルアレーンに変換する反応の開発に取り組みましたオルトカルボラン (C2B10H12, closo-1,2-Carborane, o-carborane) は熱的に安定かつ 3 次元芳香族性を有する 20 面体状分子であり、カルボランの炭素上で結合を作った場合、強い電子求引基として機能します。カルボランを芳香環に結合させるには、決して容易ではない実験操作や高価なヨウ化アリールなどが必要であり、再現性の確保が困難でした (図1)。

私たちは Cu(I) 錯体とピリジンを用いた炭素―炭素結合形成反応に注目し、反応進行の鍵中間体を明確にすることで、実験操作が簡便かつ再現性がとりやすいカルボラニルアレーンの合成法を開発しました (図2)。

本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

工夫したところ: 実験操作をとにかく簡単に

私たちの開発した手法の鍵となる Li/Cu-1 錯体は、簡便な実験操作で 1 度に 30 mmol 以上(約 20 グラム)合成可能です (図3)。

反応終了後、ヘキサンで洗浄、余分な塩をろ過、乾燥することで茶色粉末として単離されます。本手法では、カルボラニル銅種を従来法のように系中発生させるのではなく、構造・組成が確定している単離試薬としてとして取り扱うのが特徴です。参加メンバー間で「ごちゃ混ぜはなく、1 つ 1 つ、中間体の構造を決めていく」と縛りを設けた結果が、想定していないビスカルボラニルキュプラート Li/Cu-1 の発見に繋がりました。これにより、基質、添加剤、および Li/Cu-1 の3成分を混合し、溶媒の沸点以下で加熱攪拌するという極めて簡便な操作で、オルトカルボラニルアレーンの合成が可能となりました。

思い入れのあるところ1: Li/Cu-1と添加剤の化学量論反応

DFT 計算を用いた機構解析では以下のような機構が示唆されました (図4)。

添加剤の効果を確認する目的で、Li/Cu-1 と種々の添加剤との間で化学量論反応を行いました。例えば、添加剤としてニトリルとホスフィンが Li/Cu-1 とどのように錯体を形成するか明らかにしました。具体的には、イソフタロニトリルは Cu ではなく Li に配位することで、律速段階である酸化的付加を促進します。一方で、リン配位子は Cu に配位してしまい、酸化的付加そのものを阻害してしまいます (図5)。これまで慣用的に用いられてきたピリジンは、Li と Cu の両方に配位することから、促進と阻害を同時に引き起こしていると NMR 実験からも考察しています。各添加剤が錯体レベルで違う役割を示すことが確認され議論は楽しく進みました。

思い入れのあるところ2: 最適添加剤イソフタロニトリルを見出した経緯

添加剤のスクリーニングを開始した当初は、既存系に倣い、ピリジン誘導体に絞って検討を続けていました。この停滞を打ち破る転機となったのは、大学院試験を終えたばかりで、慣れない実験に励んでいた森下君の実験操作でした。森下君はスクリーニング用の添加剤を精製してグローブボックスへ持ち込もうと試みましたが凍結脱気がうまくいかず、沸点の低いピリジン誘導体を次々と彼方へ飛ばしてしまいました。精製が進まず追い詰められた森下君は、高沸点ピリジン誘導体ならばロスすることもないだろうと考え、4-シアノピリジン (b.p. 198°C) を持ち込んできました。シアノ基は求核剤と付加反応を起こす可能性があるため敬遠していましたが、試してみると、予想に反して鮮やかなヒットを記録しました。その後、チーム内で議論する過程で「ピリジンの N、いらないのでは?」という雰囲気が漂いだし、結果としてイソフタロニトリルの選定に至ることができました。自身の先入観を省みるエピソードです。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

難しかったところ: 10族金属触媒を用いたクロスカップリングが成功しなかったところ

当初は、電子不足な芳香環としてルイス酸触媒の活性調整に利用するためにカルボラニルアレーンの合成を計画していました。しかし、Ni や Pd 触媒を用いた典型的なクロスカップリングでは、驚くほど目的物が得られず苦戦を強いられました。10 族金属のクロスカップリングは研究が盛んで、数多くの報告例があるからこそ「どこかに道があるはずだ」と思い諦めることができず、半年近くの時間を費やしてしまいました。

どのように乗り越えましたか?: 関連する化学種を1つ1つきちんと単離し構造決定する

Cu(I)/ピリジンを用いたカルボラニルアレーンの合成には成功例がある一方で、系中で発生していると信じられていたカルボラニル Li 種や Cu 種が単離された例はありませんでした。先述したメンバー間での「縛り」が功を奏して「錯体を単離して試薬として使う」という方向へ舵を切れたことが良かったと思います。実際に、Li/Cu-1 がキュプレートの形態で室温下でも安定に存在し、単離できたことは大きな驚きでした (図3)。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

学術変革領域研究(A)「デジタル有機合成」関連の研究に携わった折に、回帰モデルを用いた実験計画の改善方法を勉強させていただく機会に恵まれました。そこでの私の挑戦は、実験の一つ一つを「記号」として扱い、それらを集積させることで未知の反応探索を加速させるというものでした。複雑な化学現象が整然としたモデルに置き換わり、データとして積み上がっていくプロセスは、私に化学の新しい可能性を教えてくれました。

「化学は記号であり、記号は集積しやすい」。その論理に従えば、実験はどこまでも加速し、効率化されます。しかし、回帰モデルに触るほどに、私は自分自身の記号を生み出す能力の未熟さと、現実の化学が持つ「ままならなさ」を強く感じるようになりました。画面上の記号は完璧ですが、現実のオートクレーブの中には、記号化しきれない微細な変化や、数値化が極端に難しい手触りが存在します。情報の集積スピードで誰かが全てをさらっていくような冷徹な世界において、記号の隙間にこぼれ落ちてしまう、複雑で愛おしい「現実」にも、向き合っていきたいと思うようになりました。

将来、私はデジタルによる記号の集積を最も重んじながら、同時に、市場や現場という複雑な「現実」に必死にしがみつく泥臭い実験者でありたいと考えています。情報の集積スピードがどれほど加速しても、最後には、情報の山の中に隠された「現場の小さな違和感」をすくい取れる感性を持っていたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします!

本や論文を読むのをつらく感じることがあります。それは、書物から得る知識ばかりが先行し、自分の身を伴った実感がそれに全く追いついていないことに、どうしようもない居心地の悪さを感じてしまうからでした。頭の中だけで論理が積み上がり、現実の自分がどこか置いてきぼりにされていくような感覚、研究室に入った当初はその正体が分からず、漠然とした焦燥感だけを抱えていました。

D2 のある日、生越専介教授にいただいた三島由紀夫の作品が、私にひとつの指針をくれました。三島は作品の中で、頭で考える「認識」と体でぶつかる「行動」の対立を繰り返し描いています。その二元論は、私の化学の営みそのものでした。これまでの私は、教科書を読んで理解したつもりになる「頭でっかちな認識」に逃げたり、あるいは不安を打ち消すために手を動かすだけの「盲目的な行動」に逃げたりしていました。しかし、それでは心は満たされません。三島の作品が、「認識」と「行動」が一致する瞬間に最高潮を迎えるように、研究もまた、その二つが重ならなければならないのです。調べた前例からなるドロッとした自分の理論を自分の言葉として内面化し、興奮のまま目の前の実験にあたる。そのとき、頭の中の理論と泥臭い手の動きがきれいに一致する瞬間が訪れるのだと研究への姿勢が一変する転機となりました。

読書によって認識が拡大していくならば、それと同じ速度、同じ熱量で実験という行動もまた、加速させなければなりません。認識の拡大を狙う論文読みに追いつけるだけの行動があって初めて、本や論文に対するあの違和感は打ち消されるのだと思っています。

謝辞

2024 年の ICHAC-14 (中国・天津) に参加する際、ビザ申請を行う必要がありました。そのとき最も詳細な情報を与えてくれたのが、ケムステからリンクされていた山口潤一郎研究室ブログ記事でした。 個人のブログがここまで有益な情報源になるのかと、日々活動ログを残すことの重要性を強く感じたのを覚えています。
私のような未熟な学生がスポットライトリサーチに取り上げられることは、本企画の権威を損ねてしまわないかと恐縮する半面、研究の「ログ」として記事を残せることには大きな価値があるのだと思います。博士論文の提出まで本稿の執筆をお待ちいただくという寛大なご配慮、ならびに寄稿の貴重な機会をくださいましたケムステスタッフの皆様に、深く感謝申し上げます。また、研究活動のすべてを支えてくださった星本先生、生越先生に心より感謝し、人生のどこかで恩を返せるよう精進していきたいと思います。

山口潤一郎研究室. “中国ビザを申請してみた!…” https://jyamaguchi-lab.com/newweb/blog/chinavisa

【研究者の略歴】

本論文の第1著者兼この記事の執筆者 久田さん (写真下)、第2著者 森下さん (写真上)

所属:
大阪大学 工学研究科 応用化学専攻 有機金属化学領域
略歴:
2016年 3月 長崎県立長崎東高等学校 卒業
2021年 3月 大阪大学理学部化学科 卒業
(指導教官:  笹井 宏明 教授)
2023年 3月 大阪大学工学研究科応用化学専攻 博士前期課程修了
(指導教官: 生越 専介 教授)
2026年 3月 大阪大学工学研究科応用化学専攻 博士後期課程修了見込
(指導教官: 星本 陽一 准教授)

2024年 4月–現在 日本学術振興会特別研究員 (DC2)
2023年 9月–11月 Ruhr 大学 Bochum 校 (ドイツ) 訪問研究員
(指導教官: Lukas J. Gooßen 教授)

論文リスト

  1. Yusei Hisata; Takashi Washio, Shinobu Takizawa, Sensuke Ogoshi, Yoichi Hoshimoto, Nat. Commun. 2024, 15, 3708. DOI: 10.1038/s41467-024-47984-0.
  2. Yusei Hisata, Daina Morishita, Yoichi Hoshimoto, J. Am. Chem. Soc. 2025, 147, 37677–37687, DOI: 10.1021/jacs.5c13004.
  3. Yusei Hisata, Riku Ikeda, Anil Chauhan, Yoichi Hoshimoto, Org. Lett. 2026, 28, 372–376, DOI; 10.1021/acs.orglett.5c04669.
  4. Taichi Morishita, Yusei Hisata, Taiki Hashimoto, Sensuke Ogoshi, Yoichi Hoshimoto, Synth. Org. Chem. Jpn. 2024, 82, 1097–1106, DOI; 10.5059/yukigoseikyokaishi.82.1097.
  5. Sourav Manna, Florian Papp, Yusei Hisata, Julian Löffler, Martyna Rybka, Viktoria H. Gessner, Yoichi Hoshimoto, Lukas J. Gooßen, Adv. Synth. Catal. 2024, 366, 1107–1112, DOI: 10.1002/adsc.202301474.

 

久田さん、インタビューにご協力いただき、誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

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星本 陽一 Yoichi Hoshimoto

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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